せっつ気まぐれ鉄考察

テキトーな鉄道考察ブログ。超低頻度不定期更新

寝過ごし厳禁の激ヤバ終着駅「南栗橋駅」は何故乗り換え駅なのか

南栗橋駅」という駅があります。東武鉄道日光線の駅であり、南北を直通する特急を除く全ての列車の終着駅であり、北側から来た列車と南側から来た列車同士で乗り換えをする必要があります。

「寝過ごしたらヤバい駅」としてYouTubeどころかテレビでも度々取り上げられる駅であり名前を知ってる人はまあまあいると思います。この駅より南側は地下鉄半蔵門線を通して遠くは東急田園都市線中央林間駅まで直通しており、この直通系統の北側の終着駅のひとつがここ南栗橋駅というわけです。
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緑(田園都市線)~ピンク(半蔵門線)~水色(東武スカイツリーライン)が直通系統。JR線は灰色、東武線の直通系統でないのは黄色

図が入ってる方が分かりやすいと思ったので入れました。見ての通り直通系統は渋谷を経由しています。押上から南栗橋まで結構な距離がありますので寝過ごしてもどこかで気付きそうなものですが、なんだかんだで寝過ごす人が後を絶たないものです。

 

この駅が寝過ごしたらヤバい理由はその周辺の何もなさに尽きます。駅周辺ならまずあるようなコンビニすらこの駅の周辺には無く、宅配ピザ屋と学習塾か何かが西口ロータリーにある程度でしかありません。コンビニすらないのにホテルやネカフェなんて存在しないのは言うまでもないでしょう。西口をちょっと歩けばイオンスタイル南栗橋等スーパーがありますが、どのみち夜はやってません。

では何故こんな駅が終着駅なのかと言うと、第一には「車庫があるから」という理由が挙がります。南栗橋車両管区は東武鉄道で最も大きな車両基地であり、車両の検査等も請け負う車両基地でもあります。そして伊勢崎線系統で唯一10両貫通編成がそのまま留置できる車庫でもあり、直通系統の車両は全てこの車庫に置かれます。南栗橋行の列車はこの車庫への入庫を兼ねている場合が割とよくあります。ちょうどこの辺りから北側が乗客が減る辺りなので、この駅で系統を分離し特急以外の全列車の折り返し駅兼乗り換え駅としたのです。

 

と、ここでこの駅が折り返し駅に設定された理由は説明できました。まあマニアなら誰でも知ってる話ですが、ここで話を止めずもう少し深掘りして「何故ここで直通を分断したのか」「何故この駅に車庫ができたのか」というところも考えてみましょう。ここからは主の考察も含まれますのでご了承ください。

 

・何故車庫を南栗橋に造ったのか

車庫や工場は北春日部、杉戸(東武動物公園)、西新井等ありましたが、いずれも「対応する編成が短い」という問題がありました。北春日部は8両ですし、最も候補に挙がりやすそうな杉戸は6両までしか対応してなかったという記録があります。ここを拡大する案もなくはなかったでしょうが、用地買収などの問題を抱えていた可能性はあり得ます。それに杉戸や西新井の工場は古くからの工場ですから設備もそれなりに古かったはずで、一方電車の修繕を一時的にでも止めるわけにはいかなかったので工場を修繕するより新規で工場を造った方が移行がスムーズだったのは容易に想像できます。

栗橋周辺は前々からターミナルやってた駅なので、車庫の用地どころか栗橋駅のホーム拡大すら容易ではなかったはずです。栗橋~利根川手前に新駅を造ると、栗橋駅との距離がかなり短くなってしまいます(それでも良かったのではと思いましたが、何らかの事情があったのでしょう)。利根川より先は用地がありまくりですが、万が一に利根川橋梁が流出でもしてしまえば車両が動かせなくなってしまいます。おそらくそういう事情があり、現在の南栗橋駅に車庫ができたと考えられます。

 

・なぜ直通を南栗橋で分断したのか?

車庫が他の地域にできなかった事情は説明できました。では何故直通を南栗橋で分断したのか?という話になります。かつては浅草から日光線に直通し新栃木や遠くは東武日光東武宇都宮まで直通する列車がありましたが、浅草口は6両編成までしか対応しておらず拡大が難しかったことや都市圏と郊外の利用率の差、地下鉄直通が計画され日中でも10両編成が首都圏側を走るようになることから合理化の一環で郊外側との直通を分断しようとなった流れは自然でしょう。

でも南栗橋行は入庫の一部に留め主な列車は久喜に流し、日光線東武動物公園で乗り換えさせる方法も無くはなかったはずです。では何故そうしなかったか?その理由はおそらく(図にわざわざ示した)杉戸高野台幸手の存在にあると思います。この2駅、実はかなりの利用があります。朝に下り列車に乗ると、久喜行急行が東武動物公園南栗橋行各停に接続する乗継では急行から一気に乗り換えが行われますし、館林行の続行で南栗橋行が運転される場合でも(乗客の多くが先発の館林行に吸われるにも関わらず)南栗橋行に相当な乗客がいます。帰宅ラッシュでは7両とかに立ち客多数ですし、朝夕だけとはいえ杉戸高野台は特急停車駅。仮に日光や宇都宮からの4両編成を東武動物公園に延ばしたら?おそらく待っているのはラッシュ時間帯の積み残しでしょう。そもそも南栗橋駅ができる前から幸手行があったくらいですから、相当な需要と言えます。

ちなみに全時間帯で見ると急行は久喜行の方が利用が多い印象です。伊勢崎線にせよ日光線にせよ東武動物公園で分断するのは容易ではありません。

 

ということで南栗橋駅が終着駅なのは、車庫を造った都合だけでなく、その手前までの駅の利用も多いからというお話でした。

もう20年近く発着駅をやっておきながら駅前が発展してなかったというのは何とも不思議な話ではありますが、まあ日中ならホーム降りたら目の前に乗り換え列車が来るので本当に乗り換えのためだけの駅でしてわざわざ改札通過する人もあまりいなかったんでしょう。現在は南栗橋駅周辺の開発プロジェクトが進んでおり、マンション等住宅も造られていますから近いうちに駅前ロータリーにはコンビニができるはずです。

もっとも幸手駅杉戸高野台駅東武動物公園以南の方が栄えているのは間違いないので、もしも寝過ごして南栗橋より前の駅で起きられたら、例え終電だとしても南栗橋駅まで行かず迷わず降りた方がいいです。杉戸高野台にはマクドナルド等24時間営業の店もいくつかありますし、幸手ならネカフェがあります。ただ一番のリスク軽減は久喜行きかそもそも押上行に乗ってしまうことでしょうか?

 

そういえば「渋谷から田園都市線に乗ったら寝過ごして中央林間駅まで行ってしまい、そして起こされないまま折り返して渋谷も半蔵門線伊勢崎線も通過して南栗橋駅に来てしまった」という人もいたような……

「どこかにビューーン」の抽選確率と必勝法(?)について


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サービス開始が迫ったJR東日本の「どこかにビューーン!」。簡単に言えば新幹線行先ガチャ。これの抽選傾向について調べてみました。結果から分かる必勝法(?)とは……?

 

 

「どこかにビューーン!」の概要

どこかにビューーン!はJR東日本が提供するJREポイント・えきねっと会員向けのサービス。JR東日本の独自ポイント「JREポイント」を6000ポイント払うと利用できます。

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出発駅は東京、上野、大宮の3駅。

目的地候補となる駅は、

東北新幹線 那須塩原新青森

山形新幹線 全区間(福島~新庄)

秋田新幹線 全区間(盛岡~秋田)

上越新幹線 上毛高原~新潟

北陸新幹線 安中榛名上越妙高

出発日・出発時刻(3~4時間刻みで指定可)・帰宅日・着時刻(同様)を指定して抽選すると指定の駅のなかから4駅が表示され、気に入らなければ何度も再抽選し、気に入った4駅が表示されたら申し込み。最終的に4駅のなかから1駅が選ばれて、指定時刻のなかから丁度いい新幹線の指定席券が発行されます。

片道で3000ポイント相当。同じくJREポイントで新幹線に乗れる「JRE POINT特典チケット」で比較すると、

最小4620ポイント×2(往復)

最大12110ポイント×2(往復)

なので相当お得です。なお30%割引のお先にトクだ値で最短の大宮~那須塩原に乗ると3680円(片道)。

 

抽選傾向しらべてみた

抽選何度かやって「妙に浦佐駅とか田沢湖駅とかいわて沼宮内駅とか出るな?」と感じていたので、思いきって何度も抽選を行い、傾向を調べてみました。

 

条件は大宮発、12/10(土)6~10時発、12/11(日)17-20時着

その結果が次の通り(手書き失礼)

何度か二重カウントやカウント忘れをやってる可能性があるため、参考値です。

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なんと抽選してたら「本日の検索上限に達しました」と表示されてこれ以上抽選できなくなってしまいました!ということでここまでの抽選は68回。検証開始前に何度か引いた後の検証なので、おそらく1日に70~75回程度でしょう。

 

見えてきた傾向

抽選したときにそれぞれの駅の方面がバラける傾向にあることは前もっての抽選で分かっていたのですが、実際見てみると本当に別々の方面が指定されております。東北新幹線で最大2駅、それ以外(秋田、山形、上越、北陸)の路線が最大1駅。最低でも3路線以上にバラけるようになってました。

ただよく見ると、東北新幹線以外の路線は確率が集約してるような……ということで路線別に回数を表示してみます。

東北79回
山形47回
秋田41回
上越55回
北陸56回

上越と北陸、秋田と山形の抽選率がほぼ同じです。で、駅別に見てみると……東北新幹線でのいわて沼宮内以北は露骨に抽選数が増えているんですね。なので、「盛岡以南」と「いわて沼宮内以北」で回数を分けてみると……

東北盛岡以南38回
東北いわて沼宮内以北43回
山形新幹線47回
秋田新幹線41回
上越新幹線55回
北陸新幹線56回

なんと東北の南北と山形と秋田で抽選確率が似通ってきました。思い返してみれば、東北新幹線が2回出たときもやたら南北で離れていた記憶があります。

ここから、『東北新幹線の盛岡以南、いわて沼宮内以北、山形新幹線秋田新幹線上越新幹線北陸新幹線をそれぞれ1ブロックとする全6ブロックのなかから確率に基づいて4ブロックを抽選し、その1ブロックのなかから確率に基づいてそれぞれ1駅を抽選してる』……という仮説が浮上しました。やたら秋田新幹線の駅の抽選確率が高い傾向になったのもこうしていると言うと説明が付きます。とはいえ雫石駅が一度も出てこなかったのは疑問ですが……1ブロックのなかから抽選される駅にもそれぞれ確率が設定されてるんでしょうか?

説の確率にはもっとデータが必要なのですが、何せ大変なので私はもうやりたいと思えませぬ……。

 

検証をやってて、旅のテーマを1つに絞って抽選しようとすると沼るだろうな、という感じはしました。妥協駅を複数挙げて抽選結果から旅のテーマを決めた方がたぶんいいと思います。

 

「どこかにビューーン!」の必勝法(?)。納得のいく組み合わせを確実に出す方法を考えてみる

上記の通り、1日の抽選回数は70回程度と分かりました。検証のなかで抽選確率の低い駅は3~4回程度しか出なかったので、希望の駅を絞り込むと希望の駅が出ないまま回数制限に達してしまいます。ということで、推定される抽選のメカニズムと対策まとめを以下に。

 

抽選メカニズム(推定)

1、抽選の大枠として「東北新幹線盛岡以南」「東北新幹線いわて沼宮内以北」「秋田新幹線」「山形新幹線」「上越新幹線」「北陸新幹線」の6ブロックに分かれている

2、各ブロックのなかから内部に登録された確率に基づき4ブロックが抽選される

3、各ブロックにつき、内部に登録された確率に基づいて駅が1駅ずつ抽選される

4、抽選された4駅が表示される

 

対策

・1ブロックにつき2~3駅、またはそれ以上の数の候補駅を挙げておく

東北新幹線の盛岡以南や山形新幹線は駅数が多いため、3~4駅以上は候補に挙げる

・旅のテーマを定めて候補駅を挙げるのではなく、抽選結果から旅のテーマを決める

・または、候補に絶対入れない駅を数駅挙げておく

・場合によってはレンタカーを借りたり別途料金で新幹線や在来線に乗って移動範囲を広げることも考える

 

1回68抽選の結果に基づいての話でしかないため実際に参考になるかは不明ですが、とにかく方面別に候補駅を複数挙げておかないと沼るという印象でした。

 

最後に

「近い駅同士の組み合わせできないのかよ!」「回数制限あるのかよ!」といった感じの憤りの声も聞こえてきそうですが、この企画切符(?)の趣旨を考えるとよく考えられてるな~という印象です。近い駅同士の組み合わせができてしまうと1点狙いとか可能になってしまいますからね。抽選のうえで制限がかかっていることを加味してもお得であることは間違いなく、しかもブロック区分的に割と遠いところが指定されやすいのでお得度は高くなりやすい感じです。

北海道とか九州とか住んでる人はなかなか使いづらいでしょうが、関東一帯とか関東隣接の地域に住んでる方でしたらこの際にJREポイントに登録したりviewカードを発行したりするのは如何でしょう?もっとも基本的にはおおよそ200円で1ポイントのレートなので6000ポイントも貯めるのはめちゃくちゃ大変ではありますが……。15000円とかのニコニコ現金価格でJREP非登録者もガチャれるようになったらもっと多くの人が利用できますしいいんじゃないかとは思いますがね。あと個人的には関東発以外の発着、つまり東北新潟長野辺りの新幹線駅の発着も設定してほしいところです。

(正直なところ、会員誘致企画にしても破格すぎるので利用にかかるポイントがしばらくしたらすぐ増額されそうで不安ではあります)

新幹線行先ガチャ「どこかにビューーン」の使い道を考えてみよう


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2022/12/1受付開始、7日サービス開始と発表されたJR東日本の「どこかにビューーン」。JR東日本の独自のポイント「JREポイント」を6000ポイント使うとJR東日本の新幹線行先駅ガチャを引けるという、なんとも現代的で面白いサービス。

公式HPのURL↓

https://dokokani-eki-net.com/index.html

ガチャと言っても全駅のなかから抽選ではなく、表示される候補4択を何度も再抽選して気に入った4択から最終的に抽選されるので事実上のハズレなしガチャ。

出発駅は東京、上野、大宮の3駅。

目的地候補となる駅は、

東北新幹線 那須塩原新青森

山形新幹線 全区間(福島~新庄)

秋田新幹線 全区間(盛岡~秋田)

上越新幹線 上毛高原~新潟

北陸新幹線 安中榛名上越妙高

区間の各駅です。山形新幹線秋田新幹線の小駅もラインナップに網羅されております。
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(イラストに入れる都合上長野が遠そうですが、盛岡よりはずっと近いです。念のため)

ポイントで新幹線に乗れる「JRE POINT特典チケット」だと那須塩原上毛高原安中榛名といった一番近い駅まででも4620ポイント×2(往復ぶん)、新青森ともなると12110ポイント×2ですから、往復6000ポイントというのは物凄い破格です。ちなみに30%割引のお先にトクだ値で大宮~那須塩原に乗ると3680円(片道)。1ポイント=1円とすると現金の最低価格より安いとかほんとポイントのSuicaチャージ用途が馬鹿馬鹿しく見えて来ますね……?

出発時刻と到着時刻で選択できる時間帯は6-10、10-13、13-17、17-20、20-24または指定なしの3-4時間刻み6択。なお実際何度か抽選してみたところ、東北新幹線で最大2駅、それ以外の新幹線は1駅のみ表示されるという感じでした(おそらく隣駅の組み合わせも表示されないでしょう)。

 

1点の特定観光地へ安く行く手段としてはとても使えたものではありませんが、ガチャで行先が決まる不確実性を楽しめる人なら良さそうです。まあそうは言ってもあんまり旅行しない人だと「JR東日本の新幹線駅へ爆安で行けたところでどこを観光するんだ」とはなるものです。ぶっちゃけ私も少し思いました。そんなわけで、この「どこかにビューーン!」を最大限に活用するための用途を考えてみようかなと思います。新幹線駅までの移動だけではできることが限られてしまうので、常識的な範囲内で現地交通(別途実費)を用いることを前提とします

 

 

お題1:歴史的な名所や神社仏閣を巡る旅

候補駅▽

東北/郡山、仙台、一ノ関、盛岡

上越/燕三条または新潟

北陸/長野

旅に出る動機といえばやっぱコレ。巡礼は古くからの「旅」のスタイルとも言えますし、歴史があればそれだけ過去の話やドラマも多くあるというもの。個人的に大御所だと思うもの、有名なものを偏見で挙げてみましたが、小規模のところを含めるともっとたくさんあります。が、私は詳しくないので公式HPの方を覗いていただければと思います。

郡山:磐越西線で1時間と少しのところに会津若松があります。かつて会津藩が治めた土地であり、幕末の戊辰戦争の舞台にもなりました。観光地はその鶴ヶ城のほか、七日町エリアの古い町並みなど。東側には東山温泉もあります。磐越西線沿いには野口英世の故郷・猪苗代や磐梯山系、磐梯熱海温泉も。

仙台:仙台藩(伊達藩)の治めた土地であり、街の西側には仙台城、または青葉城とも呼ばれた城の跡があります。標高130m、南と西が山のこの地は天然の要塞であったようで、城跡の公園からは仙台の街並みが一望できます。2022年現在、伊達政宗像は出張中。

一ノ関:東北本線で10分の平泉は平安時代の東北の豪族・奥州藤原氏の治めた土地。源義経の育ち、そして最後を迎えた土地でもあるそう。観光地は中尊寺金色堂など。

盛岡:南部藩により建立された盛岡八幡宮が市内にあります。赤を基調とした外装が立派なんだとか。

燕三条または新潟:燕三条駅より弥彦線で30分の弥彦駅を最寄りとする弥彦神社があります。弥彦山を神体山として祀る神社であり、古くは万葉集にも歌われる古社。「おやひこさま」と人々に親しまれた新潟県随一のパワースポットだそうです。アクセスは新潟駅からでも可。

長野:無宗派で誰でも参拝でき、庶民信仰を集めただけでなく、数々の権力者からも信仰された善光寺があります。その建物の立派さもそうですが、仲見世通りなどの門前町の街並みも見所。少し遠いですが、長野に来たなら戸隠神社も忘れてはいけません。

お題2:湯ったり温泉宿の旅

候補駅▽

東北/福島、仙台、古川

山形/赤湯、かみのやま温泉、山形

上越/越後湯沢

北陸/上田、長野、飯山

旅の動機としてはこれも絶対欠かせないやつ。大都会の喧騒から離れ、温泉街の一角のお宿で温泉に浸かり、おいしい料理に舌鼓を打つ瞬間は何事にも代えがたい贅沢な時間と言えましょう。温泉は東北各地にありますが、温泉街があり宿泊するのがオススメな温泉地を独断と偏見でピックアップ。

福島:福島交通飯坂線で30分の飯坂温泉は奥州三名湯その1。江戸時代初期の歌人松尾芭蕉も訪れたという古くからの湯。摺上川と支流を中心に広がる温泉街には大小さまざまな旅館が軒を連ねています。ラジウムを含む弱アルカリ性の無色透明な単純温泉で微弱苦味無臭。なお同じく福島付近には土湯温泉もありますが、こちらは若干遠め。

仙台:バスで1時間の秋保温泉は奥州三名湯その2。仙台の奥座敷とも呼ばれ、名取川に沿って温泉街が広がります。低張性中性高温泉のナトリウム-カリウム塩化物泉で無味無臭。なお作並温泉もお忘れなく。

古川:陸羽東線で50分の鳴子温泉は奥州三名湯その3。日本にある11種類の旧泉質分類のうち8種類もが湧き出るんだそう。独自の自家源泉を有している温泉施設が多く泉質が異なるため、湯巡りをすると色々な温泉を楽しめるとのこと。湯めぐりチケットが売られ、湯巡り散歩や自分好みの湯を探すのが楽しみ方のひとつ。

赤湯:温泉街までは赤湯駅から徒歩30分ほど。戦いで傷ついた兵士が体を湯に浸けたところたちどころに傷が直り、血で湯が赤く染まったことから赤湯と名付けられたという話があります。3種類の源泉のうち、2つは硫黄を含むナトリウム-カルシウム塩化物泉。

かみのやま温泉:駅西側の一帯が温泉地であり、アクセスが容易。湯町、新湯、十日町、河崎、高松、葉山の温泉地を総称して上山温泉郷と呼ぶとのことで、泉質もそれぞれに若干異なるものの、おおよそ塩化物・硫酸塩泉の傾向にあるようです。

山形:スキー場にもほど近い山奥にある蔵王温泉まではバスで40分。戦いで毒矢に当たった日本武尊の家臣である吉備多賀由が浸かったところ数日で傷が治ったという話が残されています。pH1.3前後と日本で2番目にpHの低い強酸性の硫黄温泉で、肌がすべすべになることから「美人の湯」ともされるとのこと。

越後湯沢:川端康成の小説「雪国」とその冒頭のフレーズとともに名の知られる地域。越後湯沢駅自体が上越新幹線で東京から1時間と少しと近く、新幹線駅からも近いアクセスのとても良い温泉地です。またリゾートとして栄えた地域でもありますから、温泉付きの豪華なホテルも複数。泉質は弱アルカリ性低張性高温泉の単純温泉

上田:古くからの歴史があり、信州の鎌倉とも呼ばれる別所温泉のアクセスは上田駅から上田電鉄で30分。泉質は低張性アルカリ性高温泉の単純硫黄温泉。温泉街があって安楽寺常楽寺といった歴史的建造物もあるほか、3つの外湯もいずれも歴史ある建物。また戸倉山田温泉はしなの鉄道で15分前後(長野駅からは30分)。善光寺詣りの精進落としの湯として昔から親しまれ、開湯 120 年を超える歴史があります。50以上の源泉があり、湯量が豊富で源泉かけ流しのところが多いそう。無色透明の単純硫化水素泉。

長野:長野県山ノ内町の一帯にある9つの温泉を総称して呼ばれる「湯田中渋温泉郷」は長野電鉄の特急で45分。歴史の長いその湯の源泉は多く、源泉によって多少変わるものの主な泉質はナトリウム-塩化物・硫酸塩温泉、泉温は65~93度と少し熱め。

飯山:古から存在するとされる北信州野沢温泉へは飯山駅からの直通バス「野沢温泉ライナー」で25分(注:飯山線戸狩野沢温泉駅からはバスが出ていません)。村内に30余りの源泉があり、「外湯」と呼ばれる無料の共同浴場が温泉街に13ヵ所もあるんだそう。泉質や泉温は源泉により異なりますが、おおよそ弱アルカリ性硫化水素臭の有する無色透明温泉の傾向にあるようです。

ここでは温泉街が形成されてたりアクセスが容易な温泉を挙げましたが、ほかの駅でも温泉施設が新幹線駅から近い駅はあります。例として、高畠駅(山形新幹線)は駅併設の温泉施設があり、上越妙高駅(北陸新幹線)は日帰り温泉施設まで徒歩2-3分です。

 

お題3:旨いものグルメぐり旅行

候補駅▽

東北/郡山・福島、仙台、盛岡、新青森

上越/越後湯沢・長岡・新潟

北陸/長野

旅行に行くからにはやはりおいしいものは食べたいもの。基本的にはどの土地にもご当地と言えるものがありますが……ここはその種類が多くて選択肢の多いところを挙げてみようかと思います。

郡山・福島:二択からは選べませんでした。郡山なら郡山ブラックラーメン、福島なら円盤餃子がご当地のグルメ。またそのほか福島県はフルーツの生産量が多く、そのフルーツを使ったスイーツはまさしく絶品の一言。ままどおるエキソンパイ、薄皮饅頭、くるみゆべしと「自分用のお土産」にオススメな銘菓が多いのも特徴です。

仙台:言わずと知れた牛タンは戦後の仙台の闇市がルーツとかで。ほか笹かまだったり、少し離れて松島に行けば牡蠣が食べられたり。またずんだが有名で、ずんだ餅はもちろん仙台駅構内の複数店舗で売られているずんだシェイクは仙台来たら一度は飲んで欲しい逸品です。

盛岡:盛岡三大麺とか呼ばれる冷麺、じゃじゃ麺、わんこそばのほか、南部せんべいなどのお菓子の名物も複数。

新青森:穏やかな湾に面した街ということもあり、やはりおいしいのが海鮮。青森魚菜センターでは作るところから楽しいのっけ丼が頂けるほか、ご当地ラーメンとして味噌カレー牛乳ラーメンなんてものもあります。リンゴの本場は弘前市ですが、青森市でもアップルパイなどリンゴスイーツが頂ける店が何店舗かあります。

越後湯沢・長岡・新潟:グルメというよりはお酒でしょうか。この3駅にはぽんしゅ館があり、500円で御猪口5杯ぶんの日本酒の試飲呑み比べができます。また米どころ新潟らしく越後湯沢と新潟では爆弾おにぎりも購入でき、また越後湯沢では糀ソフトクリームなんてものも。ほか、新潟ではご当地ラーメンもあります。また、長岡と新潟ではB級グルメたるイタリアンというご当地グルメも頂けます。

長野:やはり長野といえば蕎麦。立ち食い蕎麦でもなかなか侮れないのが長野の蕎麦の良さでもあります。なお市内の蕎麦屋ではさも当然のように地元のスパイス屋・八幡屋磯五郎の七味を使用しており、その特徴的な缶を見ることができます。長野のおやきは野菜のぎっしり詰まったもので、店によって味や作り方も違うそう。スイーツ部門では竹風堂の栗スイーツがおすすめ。

 

ここに挙げた以外にもおいしいグルメは多くあります。簡単に挙げていくと、新白河の白河ラーメン、一ノ関の餅や団子、八戸の海鮮、赤湯のからみそラーメン、山形の冷やしラーメン、新庄のとりもつラーメンなど。

 

お題4:主が独断と偏見で選ぶ

候補駅▽

東北/仙台、新青森

秋田/秋田

山形/山形

上越/越後湯沢、新潟

北陸/軽井沢、長野

主が個人的に魅力と感じる観光地でご紹介できなかったものに近い駅を独断と偏見でピックアップしご紹介。都合、秋田からのご紹介です。

秋田:五能線の観光列車「リゾートしらかみ」の発着駅。五能線日本海のすぐ側を走る風光明媚な路線で、景色の良い区間で徐行運転したり、リゾートしらかみの一部列車だと千畳敷で下車観光時間を設けたり東能代でバスケチャレンジを実施してたりします(冬は中止)。注:2022年現在、五能線およびリゾートしらかみは現在被災により運休中です。復旧時期は最新の情報をご確認ください

また秋田に行く新幹線はミニ新幹線と呼ばれ、盛岡より先は在来線を走行。田沢湖線区間の景色はローカル線と呼べる風景ですので、快適な新幹線車両からローカル線らしさを楽しむのも一興でしょう。

仙台:松島の松島海岸駅までは仙石線で30分。大小さまざまな島が海に点在する松島は日本三景に数えられ、島々を近くで眺められる遊覧船も運行。仙台市内にはハピナ名掛丁商店街やクリスロード商店街などアーケード商店街が複数あるのも特徴。「仙台まるごとパス」を使えば秋保温泉作並温泉を含む仙台近郊の様々な観光地に行けるのでたいへん便利です。

新青森青森駅まで1駅、青森市内には青森ねぶたを展示したワ・ラッセ青函トンネル開通前に北海道へのアクセスを担った青函連絡船八甲田丸の博物館船があります。リゾートしらかみ(※運休中)の発着する駅でもあり。また、リゾートしらかみも停まる五能線五所川原からは津軽鉄道が延びており、冬にはストーブ列車が運転されます。寒いなかダルマストーブでぽかぽかしながら車内販売のスルメ(買うとその場で焼いてくれます)を齧るのがおすすめです。太宰治の生家も沿線にあり。

山形(冬):先に紹介した蔵王温泉は強酸性という紹介したなかでは特徴的な温泉。またスキー場が近くウィンタースポーツも楽しめます。山間にあり、条件が良ければ樹氷も見られるんだそうで。

越後湯沢:温泉に雪にスキー場にお酒においしいお米にとリゾート欲張りセットなところ。このほか、谷川岳最寄りの土合駅へは25分でアクセスでき、上り線は地上駅のためモグラ駅の下り線ホームまでは階段下り、手軽に楽しむことができます(列車本数が少ないので注意)。また北越急行では日曜限定でプラネタリウム列車「ゆめぞら」を運行しています。

新潟:徒歩30分の港からは佐渡島へ出るフェリーが出ていますので、佐渡金山などの史跡がある佐渡島へアクセス可能。5駅20分でアクセスできる新津は日本有数の石油の出る街で、新津温泉はこれまた石油の臭いのする温泉。

軽井沢:古くからの別荘地として知られ、避暑地の印象が強い軽井沢ですが、旧軽井沢地区の旧軽井沢商店街だと食べ歩きや観光のできるところが多くあります。また少し離れていますが北の方には草津温泉もありますから欲張ってセットで楽しむなんてのも。

長野:善光寺戸隠神社湯田中渋温泉のほか、複数の観光列車も魅力のひとつ。松本を経由して白馬・信濃大町方面に向かう観光列車「リゾートビューふるさと」などが走っています。また長野電鉄の特急ゆけむり号には前面展望が見られる席があります(WEB予約の指定席)。

冬であれば地獄谷野猿公苑もオススメ。湯田中駅からバスと徒歩でアクセスに難があるものの、猿の入浴という極めて珍しい光景が見られます。

 

実際の使い方を考えてみよう

旅行の動機としては歴史的名所観光・温泉・グルメで大方カバーできると思うのですが、新幹線行先ガチャということでそれ以外の使い方もできるんじゃないかと考えております。もっと具体的に……という例を挙げてみるとすると、私(主)ならこんな感じ。

 

青春18きっぷを併用してローカル線の旅 駅:任意

JRの普通列車乗り放題の「青春18きっぷ」、または「北海道&東日本パス」を併用してローカル線に乗る旅です。これらのきっぷは原則特急列車に乗れませんから、18切符の旅となるとローカル線に乗りに行くにも東北本線上越線(=在来線)をひたすら普通列車で……というのがセオリーになるのですが、北東北となると東北本線を下るだけで一日がかり。どこかにビューーンであれば新幹線を使えるので短い旅程でも遠方のローカル線を効率よく周ることができますし、ガチャの行先で行くローカル線が決まるのも面白いでしょう。

 

・スキー場ガチャの旅 駅:山形(蔵王)/越後湯沢/長野/上越妙高(赤倉) ほか

ウィンタースポーツといえばやはりスキーでしょう。「どこかにビューーン」のサービス開始も冬ですから、行先ガチャのテーマとしては丁度いいと思います。スキーに限らず、スケートだったり雪景色を目的にしたりと、冬をテーマにしたら色々な選択肢が出てくると思います。

 

・お祭りやイベントの地を訪ねて…… 駅:仙台(七夕)/新青森(ねぶた)/大曲(花火)/秋田(竿燈)/長岡(花火)/長野(御開帳) ほか

日本のお祭りの地に足を運んでみる旅。1日・数日開催のお祭りだと時期にピンポイントで合わせて行くというのは難しい(うえに宿を押さえるのも厳しい)ですが、お祭りについて解説した施設がある場合もありますし、お祭りの行われる現場を見に行くというのも面白いと思います。長期のお祭りなら時期に合わせることもできます。代表的なものを挙げていますが、ローカルなお祭りもいくつもありますから選択肢も多くあるでしょう。

 

・遠方に行ったっていいじゃない 駅:仙台(石巻女川・三陸・北海道)/八戸(三陸・北海道)/新青森(北海道)/新潟(酒田・北海道)/上越妙高(北陸) ほか

別に新幹線駅やその周辺を観光する必要があるわけではなく、新幹線駅を起点に遠くに行くというのもひとつの選択肢なんじゃないかと思います。お題4で挙げた新潟・佐渡のほか、フェリーで北海道へ行ったり、上越妙高から先の追加料金を払って北陸へ足を伸ばすのもよいでしょう。ただし、飛行機の方が速い・安い、バスの方が、もしくはJRでも普通のきっぷや企画券を使った方が……というパターンもありますので、新幹線を使うのが合理的かは考える必要があります。

 

・テーマ別グルメガチャ 駅:テーマによる

ある1テーマでグルメガチャ旅するのも面白いと思います。テーマとしては「海鮮」「ご当地ラーメン」「B級グルメ」「ローカルチェーン」など。

 

逆に「どこかにビューーン」を使わない方がいい場合は?

当然ですが、旅行スタイル次第ではガチャらない方が賢明というパターンもあります。例えば……

・特定の観光地に行きたい場合

ガチャの旅という性質上、特定の観光地を狙うのはあまりにも向いていません。そもそも4択抽選の時点で必ず別方面が選ばれるようになってるので、近い駅4駅を選ぶことができないようになっています。1/4に賭けるのはまったく現実的ではないでしょう。

・観光列車

「どこかにビューーン」自体が1ヶ月前からの申し込み、そして指定席の予約も1ヶ月前から。ですので、混雑する時期に観光列車に乗りたいとか、そもそも人気の列車となると1ヶ月前の10時の時点で即指定席が埋まってしまい、ガチャで行先が決まった時点で観光列車は既に満席……なんてことも。実際、上記でも運転日数が多い「リゾートしらかみ」ほか、予約のうえで確実性の比較的高めの列車の紹介のみに留めております。候補4択の観光列車の指定席をそれぞれ押さえておいて決まったらキャンセル……というのだとキャンセル料によるロスなどか避けられません。

・長いローカル線の旅や周遊旅行

具体例を挙げてしまうと、小海線只見線飯山線など。小海線なら新幹線の反対側があずさ号の停車駅ですし、只見線の場合は長いので小出駅から会津若松まで行ってしまうとそのまま磐越西線で郡山に抜けて東北新幹線に乗ってしまった方が圧倒的に楽です。飯山線も同様ですし、何よりこれらの路線は週末パス(別途料金で特急や新幹線に乗れる)の対象範囲。平日であっても一筆書き切符という選択肢があります。往復セットという性質上、最終的に同じ駅に戻って来なければならないので、周遊旅行にはあまり向いていないのが現実でしょう(盛岡駅を起点に北東北を1周などといった周遊旅行は成立しますが)。

 

と、こんな感じで使い道と使えない条件を上げてみましたが、私は考え付かないような使い方がもっとたくさんあるんじゃないかと考えています。JREP会員誘致企画であろうという点を差し引いてもすごく面白い企画だと思っており、私個人としてはかなり期待してます(残念ながら私用のため今年度は使えそうにありませんが)。

ちなみにこれを書く前に各駅付近の観光地情報を書いてた(ボツ記事化)のですが、なんとJRさん自身がHPに載せてました。流石。新青森に対し弘前城とか載せてましたから、行動の想定範囲は比較的広めのようですね。

君は何故そこに座るんだい?~列車着席談義

唐突ですが、私は電車の着席位置はこだわりがある方だと思ってます。オールロングシートのとき、ガラガラなら車両の真ん中付近のロングシート端部に、座ってる人がそこそこいれば最優先はロングシート端部の確保、無理なら3人空きの真ん中の席(両隣が空く)、立ち席なら運転室後ろか車椅子スペース、ドア横、空いてる通路……という感じで選んでいきます。

私は体格が大きい割にパーソナルスペースが広い人間なので他人と乗り合わせる電車ではストレスを感じてしまうことも少なくないタイプでして。他人を極力意識しなくていい場所を探して乗っている……と言うとこういう優先順位になるのもなんとなくわかっていただけるのではと思ってます。ロングシート端にこだわる人、結構いますよね。空いたらわざわざ移動する人とか結構見かけますし。

しかし!列車に乗ってると「お前なんでそこに座るの??!」って思ってしまう人も結構いるんですよね!

ということで今回のテーマは「列車の座席の着席位置」について!でございます。こういう人いるよな的なのを挙げてみます。見かける頻度を主観で併記しておきます。なおあらかじめ言っておきますが、乗るのもやっとな満員電車の話はまた違う話とさせてください。座れるだけ贅沢だろ!みたいな御意見は持たないでくださいね?

 

注:ロングシートは都市圏でよく見る窓を背にした向かい合わせの席、ボックスシートは4人/2人掛け単位の向かい合わせの席、セミクロスシートボックスシートロングシートを組み合わせた感じの席配置です。セミクロスシートはこんな感じの配置↓

扉/席席/席◯席/席席/扉

◯ ◯◯/席◯席/◯◯ ◯

   ~通路~

 

 

(ロングシート)端部に座りたがる人

見かける頻度:★★★★★

これぼく。他の人も割とこのタイプの人多いと思う。両端に人が来るとさすがにストレス感じちゃうよね。

 

(ロングシート)5人ぶん空いてるとき、横1/3人ぶん空けて座る人

頻度:★★★★★

[扉/人空空空人空人/扉](7人掛けの場合)

端が埋まってるとこういう座り方する人多い印象。後から乗ってきた人が横1席ずつ空けて座れるように配慮する感じの座り方。なおこれは首都圏標準の7席ロングシートの場合。

 

(ロングシート)5人ぶん空いてるとき、横2列空けて真ん中に座る人

頻度:★★★☆☆

[扉/人空空人空空人/扉](7人掛け)

内心「偉そうな人座り」とか呼んでたりします。だってド真ん中ですし。パーソナルスペースは広く取れますけど場合によっては隣に座られたりする可能性はあるわけで、隣に座ってきたらどうするんだろうとふと考えてしまいます。

 

(ロングシート)絶対座らん人

頻度:★★☆☆☆

立ってる人。端にこだわって端が空かなければ立ってるって人もいるけど、中にはロングシート7人掛けがまるっと空いてても立ってる人とかいたりする。短距離の利用が多い印象です。

 

(ロングシート)端を避ける人

頻度:★☆☆☆☆

空いてるのに何故か端を避けて2席目3席目のところに座る人。仕切りは汚いみたいな印象でもあったりするんでしょうか?あまり見かける機会は多くないタイプではあります。

 

(ロングシート)ガラガラで空いてるのに何故か端の2つ隣に来る人

頻度:★☆☆☆☆

[扉/空空空空人空人/扉]

お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前お前

マジで行動原理が謎なタイプ。端が埋まってるならともかく、端が空いてる(場合によっては向かい合わせのロングシートがまるっと空いてる)のに何故か端席に座ってる人の2つ隣に来る人がいる。お前は着席位置に無頓着なのか?目の前が空いてるのに同じシートで視界に入る距離に座る理由は何故だい???

 

(ボックスシート)進行方向窓際に座る人

頻度:★★★★★

これぼく。ボックスシートがまるっと空いてるとまずこの位置に座る人が多い印象。特急列車の座席の向きに最も近い感じに座れるので比較的快適に感じる人が多いんでしょうか。鉄オタはだいたいこの席を好む印象。

 

(ボックスシート)座ってる人の対角に座る人

頻度:★★★★★

ボックスシートで既に座ってる人と前後左右干渉しない位置で座ってくるケースは非常に多いですね。

 

(ボックスシート)進行方向逆向きに座る人

頻度:★★★☆☆

対角に座った場合は例外として、たまに進行方向逆側を向いて座ってる人がたまにいるんですよね。あんまり進行方向へのこだわりってないのかな。

 

(ボックスシート)空いてる席に座ってくる人

都市圏での頻度:★★★★☆

地方線での頻度:★☆☆☆☆

つまり対角で2人座ってるときに空く2席に座ってくる人。まず通路側が埋まり、続いて最後の窓際が埋まる印象。特に首都圏だと着席に飢えてるのか、ゆったり立てる状況でも座りに来る人が多い印象を受けます。逆に地方の電車(仙台地区とか)だとこの例が極めて少なく、対角に2人座ってたらもう空いてる席には座ろうとしないって人が多い印象を受けます。

 

(セミクロスシート)ボックスシートが空いてるのに2人掛けロングシート部に座る人

頻度:★★★☆☆

ボックスシートだと他の人と乗り合わせるから……という理由なのかは知りませんが、セミクロスシートのロング部が空いてたら迷わずそこにする人、たまにいるんですよね。私はボックスシートの背もたれの裏の長さ的に圧迫感というかそういう感じのを感じるのであまり好きくはないですが、比較的隣に座られにくいのは事実だと思います。

 

(セミクロスシート)ボックスシートには絶対座らん人

都市圏での頻度:★★☆☆☆

地方線での頻度:★★★★☆

セミクロスシートの電車のとき、地方だとこのタイプの人がかなり多い印象を受けます。ボックスシートに1人座ってる場合はともかくとして、空いてるボックスがあっても座らん人っているんすわ。1駅2駅といえど地方だと距離が長いわけで、その、疲れないんですかね……?

これの究極系は田舎乗りと揶揄されるやつ。乗り遅れたら大変だから……という理由なのかはわかりませんが、とにもかく地方の列車に乗る人ってドア前を死守する人が多いんですよね。ボックスシートに空きがあっても座らない、通路に立たない、ドア前にたむろ。ドア周りだけ人がぎゅうぎゅうで一見乗れなさそうなのに、通路はガラガラというアンバランスな状況は地方線区だと割と見られる光景で、首都圏出身の私からすればほんと謎なんですよね。

 

番外(転換クロスシート)進行方向逆向きで座る人

頻度:?????

転換クロスシートという2列掛けで席を前後に転換できるシートの列車があります。私鉄や首都圏では見かけないですが東海エリア、福岡エリアやJR西日本なんかではよく見られる座席形態です。

終着駅に着くと折り返し列車に乗る客がガチャコンと座席を転換、そのままだと進行方向逆向きになるところを正しい進行方向で座れるよう座席を転換して座ります。この転換クロスシートがある地域では進行方向に転換して座ってる人がかなり多いです(もしくはボックスシートを作ってグループで着席)。しかし中には進行方向を意識してないのか無頓着なのか、進行方向逆向きのまま座ってる……という人がたまーにいたりするんですよね。

ただ転換クロスシートのない首都圏からの観光客が多いシーズン時期の嵯峨野山陰線なんかではこの転換クロスシートの仕組みを分かってない人が多いのかそれとも無頓着か、揃いも揃って進行方向逆向きで座ってる人が多いとの噂が……

 

🕑️ 🕔️ 🕖️ 🕙️ 🕛️

 

こんな感じでこういう乗り方する人いるよねって感じの書いてきましたけど、そもそも列車って公共の乗り物ですから(周りに迷惑がかからなければ)どこに座ろうが座らないで立とうがそれは自分の勝手なんですよね。でもなんとなく乗ってる人見てると色々な人がいて、独特の座席の選び方があって、しかも地域差だってあったりする。私は座席の選び方にこだわりがある方ですが、Twitterで軽く聞いた限り「あまりこだわりはない」というタイプの人が多いらしい。でもこだわりはないようで意外と「そういえばだいたいこの席座るかも……」という人もいるんじゃないんでしょうか?

釘を刺しておきますが、あくまで通勤電車は例外です。痛勤電車とも揶揄される列車だから座れるだけで御の字のわけで、そもそもこの状況で座席を選ぶ余地などあるはずもないですから。

 

 

 

東武沿線にあった幻の鉄路の跡を歩く

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江戸時代に急速に整備された日光街道は、東海道中山道に並ぶ五街道に数えられ、途中分岐する奥州街道へ続く東北への路として需要な役割を果たし、奥の細道に代表される詩人・松尾芭蕉もこの路を歩きました。今でこそ住宅地が並び、南北を縦断する東武鉄道伊勢崎線と共に近代を駆け抜けた草加や越谷の街のかつてはこの街道の重要な宿場町であったのです。

そんな街の魔改造の原因となった東武鉄道、今の伊勢崎線スカイツリーラインの開業は1899年。開業当初から社名が変わらないという鉄道会社としては珍しい東武鉄道は実に120年という長い歴史を辿っています。

鉄道ファンの皆様なら知っての通り、東北方面に至る鉄路・東北本線高崎線を大宮で分岐するかたちで開業しましたから、日光街道はメインルートの座を失うこととなります。とはいえ腐っても主要街道、ここに鉄道を通そうとする機運が高まるのは当然といえば当然な話かもしれません。120年以上前の1899年に東武鉄道は開業するわけですが、

この地域に初めて鉄道会社を通したのは東武鉄道が初めてではありません。

 

初めてこの地域に鉄道を通した鉄道会社は

千住馬車鉄道

という名前の鉄道会社でした。その名前から分かるように、蒸気機関車が客車を牽いて走る近代の鉄道ではなく、客車こそレールの上を辿るもののその動力は「馬」を使う鉄道でした。1893年開業で、東武鉄道より実に6年も早くこの地に鉄道を通しました。

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↑は春日部に残る千住馬車鉄道のモニュメント。この鉄道会社、残念ながら資料が極めて少ないのですが、唯一残っていた写真から察するに日光街道にレールを敷いて走らせた鉄道だったようです。区間は千住(現東京都足立区)~粕壁(現埼玉県春日部市)。

メインルートを失ったといえど、沿線に千住・草加・越ヶ谷・粕壁と主要な宿場町がある路に通した鉄道会社。顧客が確実に見込める路に鉄道を通したこの千住馬車鉄道は日光街道の交通の覇者に

 

なれませんでした。

 

まあ資料少ないんですからお察しですよね。開業して僅か5年、1898年。なんと東武鉄道の開業を待たずしてこの鉄道会社は廃業することになります。東武鉄道の開業後に消えたなら「東武鉄道に潰されたんだな」ってなりますけど、それより前に廃業なのでそもそもビジネスとしてうまくやっていけなかったんでしょう。もしくは建設時に借金したのが返済しきれず首が回らなくなったか。

その後、この鉄道は

草加馬車鉄道

という鉄道会社が引き継ぎ、区間も千住~草加 (~越ヶ谷)に改めて再スタートを切りますが、その1年後にはここまで散々名前を出した東武鉄道が開業し、1900年という節目をもって草加馬車鉄道は廃業。僅か7年間という短命でこの鉄路は役目を失うことになるのでした。

 

こんな歴史から察するに、東武鉄道と各馬車鉄道は別資本であったと推測されます。先に書いたように日光街道(と思わしき路)に鉄道を敷いたので東武鉄道の線路とは別の線路となり、廃線跡東武鉄道の線路とはまた別のところにあります。

 

少し話は逸れますが、草加市には草加小学校があります。かつて木造だった校舎の焼失を受けて大正期に埼玉県初の鉄筋コンクリート造りの校舎が造られました。昭和期に新校舎に役割を譲ることとなりますが、この校舎は解体することなく保存され、現在は「草加民族資料館」、草加の歴史を伝える博物館として機能しています。中には簡単な歴史解説コーナーのほか、昔使われていた農具など考古学的に重要な物が保管展示されています。草加駅から徒歩10分くらい?入館料無料ですが時間や定休日には注意です。

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ここに展示されている草加の歴史年表の一部に「千住馬車鉄道」「草加馬車鉄道」の名前があります。千住馬車鉄道に至っては2行で歴史が始まり、次の1行で歴史が終わっています。いくら歴史年表とはいえあまりにも一瞬の歴史。本当に情報が少なすぎるのです。

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埼玉県の馬車鉄道の解説パネルがあり、ここに千住馬車鉄道の名前もあります。

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そしてこれと同じパネルに併記されてるこの写真。千住馬車鉄道、改め草加馬車鉄道が存在したことを示す非常に貴重な写真なのです。

 

ということで前置きが非常に長くなりましたが、今回はこの馬車鉄道の廃線跡をちょっとだけ歩いてみたという話です。

千住からとなると距離が遠いのは勿論のこと、まずルートの特定から始めなければならなくて非常に大変なので、この民族資料館にある写真の場所から、草加駅に直結する駅前通りまでを歩いてみます。

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民族資料館の写真とほぼ同じアングル。小さな売店らしき建物は解体され工事現場になっちゃってますが、奥の地蔵堂をはじめそれ以外は同じであることはなんとなく分かっていただけると思います。

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少し見辛いですが、左の道の奥に見える高架が東武鉄道の現在の高架。ほぼ平行するかたちで日光街道、馬車鉄道が通っていたことになります。なお建設中の建物は草加市役所だと思います。たぶん。

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少し歩き、振り返ったところ。先ほどの地蔵堂がちょっと見えますね。f:id:Isesakiuser:20220604231544j:image

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順方向

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逆方向

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順方向

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逆方向

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道はまだ続きますが、駅前通りに出たのでこれにてショート廃線辿りは終了。馬車鉄道が日光街道に通されていたならば、この先の松原、綾瀬川沿いの松並木の通りに出て、旧4号日光街道こと現在の県道49号線に沿って北上していくはずです。

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振り返った様子。

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振り返ったうえでズームした様子。先ほどの地蔵堂が写ります。道幅は車2台がすれ違える程度の道幅で現在基準からすれば狭いですが、日光街道はおろか東海道みたいな街道でもこのくらいの道幅だったようです。線路は跡形もありませんが、ここが街道だったと言われるとなんとなく納得してしまいそうです。

時代が経ちすぎてるせいで線路の名残なんて微塵も残されていませんが、かつてからある道が無くなるなんてことはそうそうなくだいたいは残されますから、この道を鉄道が通っていたと考えてよいでしょう。

 

短命にして120年以上も前に廃止された鉄道ということで極めて情報が少ない鉄道で、建設経緯や経営状況に関する情報はほとんどありません。もしかしたら街の中央図書館にあるような街の歴史書に言及があるかもしれませんが、まああってもせいぜいその程度でしょうか……

トラックなんてなかった当時、開業時期からし東武鉄道の建設に一役買った可能性は十分ありますが、それ以外に何の役に立ったのかというのは完全に謎に包まれてしまっています。そんな時代の影に隠れてしまった、日光街道沿い初めての鉄道の紹介と廃線探訪の記録でした。

 

オマケ

廃線跡を歩いていたとき、ふといい感じの和菓子屋っぽいのが目につき、つい入ってしまいました。餅でいちごを包んだいちご餅を購入し頂きました。酸味のあるジューシーないちごと甘く柔らかい餅の組み合わせがおいしい一品でしたが、今シーズンは間も無く終了とのこと。羊羮やプリン、ケーキも売られていました。なんとなく、街道沿いの和菓子店という雰囲気があり個人的に好みでした。

一応撮影の許可は頂きましたが、あまりメディア露出したいタイプの店ではないようだったので店名は伏せさせていただきます。行けばきっとわかるので探してみてくださいませ。

食堂車を利用したいので無駄に考察

食堂車を利用したい

食堂車のある列車に乗って食堂車を利用したい。車窓を見ながらライスカレーでも食べてみたい。あわよくばゆっくりとコーヒーとともにお菓子でもつつきたい。

え?レストラン列車はいくらでもある?

確かにレストラン列車は全国にありますし駅弁を持ち込めば安く車内食が楽しめますね。それも旅情があっていいのは全面的に行程します。しかーし、往年の特急列車に付いてた食堂車ではなーい。私は往年の特急列車みたいな食堂車を使いたいのだー。

 

ということで食堂車のおはなし。

 

聞くところによるとヨーロッパは高速鉄道に食堂車があるって話。路線は限られるうえあっても1等車利用者のみだったりもしますが、全滅してる本邦と比べると残ってるだけマシだと思いまする。

何故食堂車が(定期列車から)全滅したかという話ですが、推測だと一回の乗車時間が短くなってしまったからかと思われます。オジサン年齢のある鉄道ファンから聞いた話ですが、かつてあった特急列車の食堂車は長距離になると利用する人がいたんだそうで。昔の特急列車は数時間単位が当たり前、しかし特急なので停車時間は切り詰められてるので途中駅での補給は不可能、というワケだそう。そういえば最近まで残ってた食堂車も北斗星みたいなロングラン長時間乗車の寝台特急でしたね。

 

ということで(?)新しい食堂車のある列車を考えてみましょ。

需要の面で見れば長時間乗車(=利用せざるを得ない)の列車に食堂車付けることが一番いいのですが、新幹線ネットワークのおかげでいち列車の長時間乗車の例は少なくなりつつあります。加えて日本人は4時間くらいを越えると途端にほぼ全員が飛行機使う空飛ぶ民族(?)なので長時間定期列車を新たに設定するのはNG。飛行機に逃げてしまう。

 

極自然にそれっぽい食堂車を……となったら、おそらく選択肢は「長時間乗車の観光列車」に付ける案くらい。それなんてWEST EXPRESS 銀河(食堂車案があったとかなんとか)。

これが定期特急なら食堂車なんてデッドスペースは潰して座席にするのが大正義ですが、詰め込み詰め込みの定期特急と違って観光列車ならフリースペースも必要です。ということで例えば食事時間帯は食堂車として解放し、食後は軽喫茶営業するか雑談用フリースペースとして解放するかという案を出してみます。

自由席の食堂車だと稼げるか問題にブチ当たるので、例えば前半は旅行商品専用のフルコース、後半はフリー利用とする案。それなんて北斗星。フリー利用(北斗星でいうパブタイム)は何でもアリにしてしまうとコーヒー一杯で粘る金なし客が居座る可能性が出てくるので、食事単品またはドリンクセット(おかわり可能)みたいにできるとよさそうですね。

さらに例えばスイーツとかそういうのは沿線企業や料理店とコラボして事前に積み込んだものを数量限定で提供するとかそういうのも楽しそうです。

こうした使い方は夜行列車と相性がよさそうなんですよね。北斗星号なんかだと食堂車の談笑室としての解放があった話は聞かないのですが、食堂車兼フリースペースとして利用することを考えれば列車デザインの可能性は一気に膨らむと思います。スペースを無駄なく使う工夫ができれば昼行列車でもアリ。

 

まあどちらかと言うと移動にも効率を極めすぎて観光地への移動もRTAする人が大多数なのでそもそもの話長距離列車の需要というところから問題が発生するのですが、それはまた別に考えてみましょう。新しい斬新な観光列車が見たいんだ私は。

 

ということで食堂車を利用したいので新しい食堂車を考えてみる話でした。下らない話ですがまあ元より駄文のつもりです。

 

 

 

 

サフィール踊り子?近鉄しまかぜ?アーアー聞こえなーい

その線形に歴史あり~伊勢崎線の都内は何故大きなカーブが多いのか

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東武鉄道伊勢崎線。浅草から北千住、東武動物公園、館林と経て伊勢崎へ至る東武鉄道の主要路線というのは鉄道ファンの大半はご存知の通り。このうち、浅草~北千住~東武動物公園スカイツリー開業に合わせて「スカイツリーライン」の愛称が付けられています。このスカイツリーライン区間はかつての主要街道であった日光街道、現国道4号線/県道49号線に沿っており、草加東武動物公園においては春日部付近にカーブがある以外はほぼまっすぐの線形をしています。

f:id:Isesakiuser:20220331110217j:image(google mapに加筆)

ただしこの埼玉県区間では綺麗な線形も都内に入ると急に変化し、西新井、小菅、北千住、堀切、鐘ケ淵、とうきょうスカイツリーとゆるやかながら大きなカーブが連続する路線になります。

こんな大きなカーブの多い路線、何故こうなったのか。これは当時の建設に携わった人がぐにゃぐにゃ路線を造るのが趣味な特殊性癖持ちだったから……というわけではありません。ということで、歴史を紐解いていきましょう。

当初建設の区間は北千住~久喜。建設計画段階ではおそらくこんな感じのルートを取る予定だったようです。

f:id:Isesakiuser:20220331155220j:image(ルートは推定)

当初予定は『南足立群綾瀬村(現足立区)から北上して同群花畑村(現足立区花畑)を通過し、一気に埼玉県草加町へ抜ける予定だった』そう。では何故まるで西新井に寄るようなルートが採られたのか?

これは、西新井大師(新義真言宗五智山遍照院総持寺)が参拝客の利便性を図るのと宣伝のため鉄道を誘致し、それとともに駅用地の提供を申し出たからだそうです。1898年(明治32年)1月7日に千住~草加を西新井に接近するように変更する出願を行い、同年3月8日に認可されました。かくして西新井をわざわざ寄るような線形になったようです。

ちなみに西新井大師は『関東7か寺のひとつで、触れ寺であった。また川崎大師と並んで、厄除け開運の霊場とされ、多くの参拝客を集めてきた。』と書かれており、現在でも三が日は特に多くの参拝客が集まる寺となっています。

そして東武鉄道の北千住~久喜が完成、開業。その後、東武鉄道はさらなる都内のターミナルを求めて延伸やターミナル変更を繰り返していくこととなります。ターミナル模索のくだりは解説動画が星の数ほどあるのでここでは解説しないことにします。

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そうして開業したルートがこちら。赤い線が当時の線路で、青い線が今の伊勢崎線。浅草付近はターミナルが定まらない時期だったため置いておくとして、曳舟以北で2ヵ所も現線路と異なる部分があります。

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拡大するとこんな感じ。かつての伊勢崎線が青線、常磐線が緑。全く違うところを走っています。北千住以北では荒川の部分で常磐線を跨ぎ、堀切付近ではもはや水のなかを走ってます。東武鉄道は荒川を突っ切るアクロバティック鉄道だったのか?さにあらず。この答えのヒントはこの荒川そのものにあります。というのも、この現荒川は「造られた川」なのです。

かつては隅田川が荒川でした。東武鉄道は北千住を経由しつつこれに沿って造られたがゆえに北千住付近のS字カーブが造られました。しかしこの荒川(現隅田川)は東京の大切な水運であったと同時に、「荒れる川」の名の通りに豪雨で度々氾濫を起こす問題児でもありました。

1909年(明治43年)8月1日から連日降り続いた雨により未曾有の大氾濫が発生。この凄まじさは「関東一円を海にするかのごとく」と例えられるほどで、泥海となった地域の往来に舟を使わざるを得ない状況に。水が引いて地面が見えるようになったのはなんと丸4ヵ月も経った12月の頃で、この豪雨災害を機に赤羽岩渕で分岐する荒川放水路(現荒川)が建設されることが決まります。この建設予定地には現常磐線伊勢崎線が引っ掛かることとなり、引っ掛かった北千住~西新井と鐘ケ淵~堀切はこれに合わせて新線切り替えをすることとなります。ちなみにこのタイミングでちゃっかり電化工事(西新井以南)もやっていたとのことで。北千住~西新井の小駅群、小菅・五反野・梅島はこの新線切り替えに合わせて開業(1924年/大正13年)。荒川放水路は同年に上流から下流までの通水が行われ、その後1930年(昭和5年)まで改良工事がされて現在のかたちが完成しています。また荒川放水路の開削にともない、かつての荒川は隅田川へと名前を変えることとなったようです。荒川放水路は1965年(昭和40年)河川法な改正で一級水系に指定され正式に荒川を名乗ることとなりましたが、荒川放水路の名前は荒川を渡る伊勢崎線の橋梁に今もなお残されています。

ちなみに旧線は一部が道路に転用されており、その線形を伺い知ることができます。

 

ということで解説おわり。浅草のターミナルが云々とか大師線が云々とかいう話はよく語られる割にこういう話は迷列車動画でも鉄道系YouTuberもまったく触れないので、ここで書いてみました。マニアックな話ではありますが、知ってるとまた違った見方ができるかもしれませんね。

単なる線形にも歴史あり。これを見てる方の地元の路線にも、実は深い歴史の隠された線形があるかもしれません。

 

墨田川→隅田川へ修正(表記ミス)

国土交通省の資料により隅田川命名のくだりが判明したため経緯を修正

 

追記: この記事公開後、フォロワー様より「なぜ荒川(現隅田川)を渡らなかったのだろう」と疑問を頂きました。資料は未確認ですが、見落としの可能性もあるので「要調査」とだけ言ってぼかしておきます。

「北千住を出てすぐに現隅田川を渡り、隅田川の沿いを通って浅草へ向かうルートを採らなかった理由について」と解釈して進めますが、憶測では

東武鉄道の建設が貨物輸送目的だった→隅田川を渡ると貨物ヤードを設置するための広大な用地や機関車の転車台を置くための、用地を買収することが困難だった、もしくは何かしらの地理的要因で設置困難だった

越中島方面の延伸を目指していた→無理に隅田川を渡る必要がなかった

・橋梁の設置は莫大な資金がかかり(技術が今ほど発達してない昔ならなおさら)、橋梁を掛けるだけのコストに見合わなかった

などが考えられます。なおこの時代は鉄道と水運の時代なので、千住や業平橋の貨物ターミナルまで運ばれた貨物は当初、水運で運ばれていたと推測されます。あくまでこれは推測であり、本格的に調べるとなると当時の古地図の取り寄せが必要になりそうです。

 

参考文献

東武鉄道百年史』1998年 東武鉄道社史編纂室編集 東武鉄道株式会社発行 p99-100, 306-308

東武伊勢崎線日光線 古地図さんぽ』2018年 坂上正一著 フォト・パブリッシング発行 p34-45

国土交通省資料ほか